満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

私を不幸だと思いたい人

私は30代後半だが結婚していないし恋人もいない。別に身体障害者になったからではなく、10年以上前から彼氏なんていない。自分ではそれを不幸だと思わない。寂しいという感情が私にはないし、干渉されることが凄まじいストレスになるからだ。

 

わかりやすい障害者になってよかったことのひとつに、「早く結婚して親を安心させないと」的なことを言われなくなったことがある。言い難いだろう、さすがに、普通の神経の人は。以前から私の周囲にはそういうことを言ってくる人は殆どいなかったのだが、たまに田舎の親戚に会ったら言われたのでビックリした。都市部だってそういう考え方は強いけど、田舎だと「結婚しないという選択」は想定されておらず、「結婚できない落伍者」という烙印を押される(ことが多いようだ)。

私には結婚願望が全くない。子供も嫌いだし欲しくない。だいいち私が親じゃ子供は苦しむと思う。それがわかってて欲しくない子供を産むなんて、誰も幸せにならない。

そこへきてこの肢体不自由だ。結婚したら配偶者は私の介護をしなきゃいけない。妊娠出産しても子育てをする筋力はない。結婚も出産もしない言い訳ができた。ありがたいことである。

もちろん、障害者は恋愛や結婚・出産をすべきではないということでは全くないのだよ。したいならすればいいのだ。そういう人が健常者の協力を求めていたら、ぜひ協力してあげてほしい。障害者が何かをしようと思えば、そこには往々にして乗り越えねばならない壁がある。私には壁を乗り越えてまで何かをしたいという気がない。それだけのことである。

 

入院中に高校時代の友人が見舞いに来たことがあった。私を入れて5人、みんなで集まるのは何年ぶりだっただろう。遠方からも来てくれたのでありがたいと思うべきなのだろうが、正直もう会いたくない。私以外は全員結婚して子供もいる。となると、子供の写真を見せ合ってキャッキャするわけである。私は全く興味が無いので見なかった。ただ「私は結婚も出産もできないけど(この時は空気読んでしたくないとは言わなかった)、みんなの子供合わせたら10人以上いるから平均したら2人以上になっていいかな、少子化対策としては」というようなことを言った。

すると1人が帰ってからツイッターで(見舞いに来た時アカウントを教えてくれた)、「彼女の分まで頑張らねば!」みたいなことをつぶやいた。彼女とは私のことだ。なんかねー、これは被害妄想かもしれないけど、私のことを「不自由で孤独な、不幸な人。可哀想」とみなすことで「私には愛する夫や子供たちがいる、なんて幸せなんだろう」って浸ってるように見えて、ちょっと気分悪くなった。頑張ってくれるのはいいけどさ。

 

私は自分が不幸だと思ったことはない。むしろ恵まれすぎていてごめんなさいと思う。精神病んでた時も、今もだ。そりゃあ苦しかったし辛かったし死にたかったし今は面倒だけどさ、それは不幸とは違う。私は幸せであると断言できる。他人から見たらなんにもない生活でも、私の心を満たすものはある。ちゃんとある。それは私がわかっていればいいことだ。

 

私を不幸だとみなすことでしか幸せになれないような人がいたら、その人はちょっと可哀想だ。相対的にしか幸せを感じられないのは、私から見たら幸せには見えないからだ。けど自分の幸せは自分でしか決められないから、私から見る必要もない。

ただ、私の幸せを否定する権利は誰にもないのだ。