満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

台風は過ぎていった

昨夜大阪はかなりの暴風雨だったらしいが、私は全く気づかずスヤスヤと眠っていた。朝ヘルパーさんが来てくれた時には雨は止んでいたのだけど、携帯に避難勧告のメールがわんさか来た。大きな川が氾濫する恐れがあるので、丈夫な建物の3階より上に避難してください、ということだった。うちはマンションの5階なのでここにいてよかろう。と、へらりとしていた。

 

実際、ヘルパーさんが来られないくらいの災害(一時的にではなく今の住居に住むことが困難になるレベルの)が起こったらどうするか。どうしようもないだろう。避難たって自力じゃできないし、どこでどうやって避難生活を送るのか。そこまでして生きて苦しい思いをしたくない。できたら死ぬまで放置してほしい。親が生きてれば、そうしてはくれないだろうけど。

 

前に自殺はやめとけっていう話を書いたが、どうして死んじゃいけないかと問われると私には答えられない。自分で死を選択する自由はあってもいいんじゃないかと、どうしても思ってしまう。精神疾患の辛さも味わった。重度の人は私が経験したよりもっともっと凄まじい苦痛を感じるのだろう。病気で口も手も足も随意には動かず、看護師さんに振り絞るように一音ずつ「こ・ろ・し・て」と伝えた16歳の少女も見た。看護師さんは何も言えなかった。彼女が先の人生ずっと、トイレに座ることすら(介助してもらっても)できない生活、自分の気持ちを他者に伝えることも思うようにはできない生活を続けていかねばならないとしたら、それでも生きろと彼女に強いる権利は誰にあるのだろう。

日本にも安楽死の制度があればいいなぁなんて思うけれど、それはとても難しい問題だということは想像できるので、実際に運動したりはしない。あったって私みたいにヘラヘラしてる(というか、助けてもらえれば難なく生活できる・回復の余地がある)人間には適用されないだろうし。また、どんなに苦痛を感じていても、精神疾患の人は安楽死を望んでも受け入れられないよね。治らないって断言できないもの。身体の病気で悪くなる一方だとか、このまま死ぬだけっていう人しか死なせてもらえないだろう。それにそんな制度があったら、悪用して望んでいない人を死なせる人間がでてきそうだ。

 

私は「生活保護を叩くならまず先に安楽死の制度を作れ。そうすれば社会保障費は大幅に節約できる」という暴論をたまに吐く。それは、自分が社会の重荷になるなら死んだって構わないと思っているからなのだけど、私がこう言うとそれは極端な話「私と同じ立場の人は悉く社会から抹殺してもいい」ということにもなる。それは本意ではない。決してない。生きたい人が生きられる社会がもちろん理想だ。

けど、生き地獄も垣間見ちゃったからなあ。死にたい人は死ねたらいいなとも、思うのだ。