満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

まだ差別はされたことがない、障碍者の視点から

結構前の話だが、乙武洋匡氏の「イタリアン入店拒否について」を読んだ時の感想を書いてみる。

 

私は身体障害者手帳を取って2年半になるが、病院を出てからはまだ2年ちょっとしか経ってないし、そのほとんどを自宅で過ごしている。差別とか冷たい目とかに遭遇する機会がない。まだない、というべきなのかもしれないけど、私としては「世の中の人は親切だなあ」くらいのものである。

時間が決まっている外出をする時はエレベーターの位置とか通りやすいルートとかめちゃくちゃ調べるし、それでも前日はお腹痛くなるくらい心配する。多分それは障碍者としての経験値の低さから来るのだろう。

だからこの部分にすごく驚いた。

 

 お恥ずかしい話だが、自分で店を予約する際、あまりバリアフリー状況を下調べしたことがない。さらに、店舗に対して、こちらが車いすであることを伝えたことも記憶にない。それは、とくにポリシーがあってそうしているわけではなく、これまで困ったことがなかったのだ。 

 

困ったことがないからって下調べしないの!?100kgの電動車椅子乗ってて?え、ビルに入る時は本人だけ行けても、地下鉄で地上に出る時階段しかない出口に行っちゃったらどうするの?地下鉄には乗らないの?エレベーターがない出口はないの??

とか思うわけだが、困ったことがないと仰るからには困らなかったのだろう。お店に限定した話かもしれない。

しかしまあ、この時点で私は全く共感できなくなってしまう。お店を予約したのなら、なぜ一言「車椅子ですが大丈夫ですか?」と付け加えなかったのか、もうそればっかり気になる。乙武氏自身、それは自分の不手際で、店主のものの言い方に逆上したのだと仰っているがそんなことは最早私にとっては「しらんがな」なのだ。

 

「何を見たかは知りませんけど、予約の時点で車いすって言っとくのが常識じゃないですか?」

 

 キョトンとしてしまった。僕は、いまなぜこの人にケンカを売られているのだろう? いや、もしかしたら彼にはケンカを売っているつもりなどないのかもしれない。でも、それはどう考えても初対面の相手に放つべき言葉ではないと思うし、あきらかにケンカを吹っかけているようにしか思えない口ぶりだった。

 

よっぽどひどい言い方だったのだろう。けれど文字にして見たら「それはどう考えても初対面の相手に放つべき言葉ではないと思うし」のほうが納得いかない。多分言葉そのものじゃなく言い方の問題だろう。が、健常者が圧倒的多数を占める社会で、健常者と異なる手間をかけてもらわねばならないとわかっているなら、事前に一言お願いしておくのが常識だと私も思う。障碍者になる前は考えもしなかった。でも自分が障碍者になって人の手を借りないといけない身になったら、そういう考えは明確になった。

助けてくださる方は思いやりで助けてくださる。ならばお願いする側も思いやりというか、気配りをして当然だと思う。それを忘れるような人間にはなりたくないし、障碍者様が通るぞみたいな態度の人(乙武氏のことではもちろんない)を見たら、「こんな人がいるから障碍者が差別されんじゃねーの」って思ってしまう。

 

またうまく文章がまとまらなくなったからもうやめておく。

 

ところで、私は今まで「障害」という表記が「障碍」と書き換えられていってる経緯を調べずに「害の字のイメージが悪いから変えられてんのかな」くらいに考えていたが、こちらを読んで元々「障碍」という漢字だったことを知った。それなら障碍と書くよ。

 

疲れた。ベッドをギャッチアップしてPC使うのは筋力がいる。

 

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