満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

不愉快になる私が悪いのである。

ある事実を知って何ともいえない不愉快な気分になってしまったのだが、実際には「誰も悪くない」。私以外の人は、誰も。

 

いくら身バレしないようにしたって、World Wide Webに書くからにはリアル知人が見ることも想定はしないといけない。そしてここまで特殊な状況にあれば、知ってる人が読めばこれを書いているのがこの私であることはすぐに分かる。故に、不愉快に感じた事実をここに書くことはできない。だって私がそれを書いたところで、当事者や関係者の目に触れた時に何一ついいことは起こらない。私にとっても彼らにとっても何一つだ。

 

ひとつ言っていいかな。私は自分の自殺未遂を知人の発言の「せい」ではないがそれが「きっかけ」だった、と言ってきた。だが私の中に、やっぱり彼のせいだと思う気持ちはあるようだ。あの時彼があんなことを言わなければ、という気持ちは拭い去れない。でも、「君みたいな人が大阪市の財政を圧迫してる」という言葉で人を殺せるなんて普通は思わないだろう。だからやっぱり彼のせいではない。

彼のせいだ、ということにしたって何の発展もないし、誰も救われない。私も救われない。彼には謝られたこともあるし、今更責めたってどうしようもないじゃないか。この身体は元には戻らないのだから。

究極的には私は自分で自分の命を絶とうとしただけで、それを強要されたわけでも悪意を持って攻撃されたわけでもない。ギラン・バレー症候群になったのはたまたまだし、予後が悪いのもたまたまだ。

 

これは私が自分で納得するしかない問題。自分の心の向きをコントロールしなきゃいけない問題。加害者は私以外にいない。

 

と、言い聞かせてみても呼吸が乱れる。

少し時間がかかりそうだ。

 

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