満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

世界の片隅で幸せをぼやく

いいひと戦略についてのいくつかの記事を読んだけど、レベルが高すぎて感想すら浮かんでこない(笑)。
つくづく、今の私は頭悪いんだなあと思う。15年前なら違ったかも。大昔だしどうでもよかろうが。

いいひと、という言葉から想起したのは、進撃の巨人(アニメ)の最後の方、アニーとアルミンの会話だった。
アニーがアルミンに「私のこといい人だと思う?」と訊く。
アルミンは「その表現は僕はあんまり好きじゃない。いい人って、僕にとって都合がいい人ってことだから」と答える。そんなような会話。
それを思い出しただけで、評価経済社会も何も私にはわからない。
それが今の私ならそれでいいのだろう。

私は前から言っている。
生きることに意味も価値もない、と。
それは決して悲観でも絶望でもない。
生きることに意味や価値があるとすると、「どんな」とか「どれくらいの」という質や量の問題を避けて通ることはできないと思うの、自分の経験から。
それが胸を張れるものならいいけれど、無くなったときどうする?
「私には生きる意味も価値もない。死んだ方がいいんだ」ってなっちゃったよ私は。
で、もがき苦しんで、やめた。
意味はない。価値もない。でも生まれたものは生きる。そのようになっている。
そう考えることにした。
じゃなきゃ今の私が幸せであろうはずがない。

これはネガティブではない。ネガティブが転じて生まれた激ポジティブである。

と、私は思っている。


死にかけたりすると「今生きてるってことには絶対に意味があるんだよ」なんて涙ながらに言われたりする。死んでもよかった私はその涙の対処に窮するし、意味なんか要らないのにな、と思う。

この考えかたを敷衍するつもりは全く、微塵もない。
苦しむよりラクになりました、という、個人の幸福の報告です。

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