満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

マイノリティであること

2つ前の記事で「少し時間がかかりそうだ」と書いた問題は、もうどうでもよくなった。なんと。執念深い私にしては意外な展開である。頭が悪くなったら記憶力も低下して、嫌なこともすぐ忘れるようになったのかしら。いや、その感情の元となった事実は変わらず認識しているのだけど、負の感情が付随しなくなった。本当に「どうでもいい」のだ。

 

それはさておき。

 

私は自分がマイノリティであることに喜びを感じる。みんなと同じでありたいとは思わない。ギラン・バレーの発症頻度は10万人に1~2人なので立派なマイノリティだろう。嬉しい。

だが、私のマイノリティは差別される対象ではない(というか、差別された経験がない)から、こんなに呑気でいられるのかもしれない。

 

大学時代の友人にゲイの人がいた。仲間内でも、女の子にはそれを打ち明けていたが、男友達にはなかなか言えないと言っていた。仲の良い男友達2人と話していた時に1人が「もし隣の部屋にホモが住んでたら怖いよなー!ベランダ伝ってきて襲われるかもしれへん」と笑って言ったのだそうだ。もう1人も笑って同意した。

それは女性が「隣の部屋に男性が住んでいたら怖い」と言うのと全く同義である。隣人の人間性なんて微塵も関係なくて、隣人の性の対象に自分が含まれる=暴力的な手段で襲われるかもしれない、という発想。

それは発言した本人だって女性にとっては恐怖の対象であるということになるが、その男子は全くそういう考えは持っていなかったらしい。

そんな友人に自分がゲイだなんて言えるだろうか。彼にとってはそういうことが日常茶飯事であった。今はアメリカで暮らしているはず。日本よりマシなイメージであるが、アメリカでも田舎は偏見が酷いと言っていた。それも10年以上前の話だが。

 

アメブロで書いていた頃に仲良くなった女性は、一度も恋愛をしたことがない。恋愛感情が理解できないし、性欲もない。20代後半になって、自分はアセクシャルなのだと認めることにした。彼女は泣いた。大泣きした。凄まじい決意でそれを受け入れた。だが彼女の周囲の人たち(というか地元の友人とか職場のおじさんとか)は理解しない。職場じゃ説明することも試みていないだろう。深い人間関係はないそうだから。

恋愛至上主義の女友達は平然と言う。「いい人に出会ってないだけだよ」「私が結婚出来たんだからあなただって」「彼氏できた?」「モテるのに選り好みし過ぎじゃない?」「どうして彼氏作らないの?」等々、恐らくはその言葉が彼女を切り刻んでいるとは思っていないのだ。彼女が「自分には恋愛ができない」と語っても、男女は恋愛するものであり恋愛は素晴らしいと思っている女性たちは平気で否定する。そんなはずはないと言う。自分が想像できる範囲の理由を彼女に押し付ける。

彼女は「自分みたいなクズが」と、しばしば言う。そこにはアセクシャルであること以外にもそう言わしめる要因があるのだろう。けれど、世の中の「男女の恋愛が当然である」という意識が彼女を苦しめているのは事実だと思う。

 

私は異性愛者であるが、いわゆる普通の恋愛も結婚も望んでいない。最近来たヘルパーさんが「好きな人いないんですか?」「恋愛はしてほしいなー」などと言ってきたのでイラッとした。私はあなたとは違う。あなたには理解できないレベルで愛している人がいる。そんなことは、軽々しく(としか思えない)重大なハンディキャップを持っているこの私に、恋愛を勧めてくるようなあなたに話すことじゃない。

 

多分、マイノリティとして生きることはこんなことの繰り返しなのだろう。

普段ストレスを受けずに生きていられる私が希少なケースなのかもしれない。

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