満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

「ネガティブを否定すること自体がネガティブ」

心労がないせいか、時間の経過がものすごく早く感じる。

この調子で行けば、案外寿命なんて早く尽きるかもしれない。私にとってはそれは「いいこと」だ。どんどん時間が進んでいけばいい。年老いて身体に今以上の不具合がでてきたら時間の流れは遅くなるのだろうか。それは、やだな。

 

前に私の「生きることには意味も価値もない」という考え方について「ネガティブではない」って書いたけど、私の本質はネガティブだと自分で思っている。本当にポジティブな人間が自殺なんて図るかい。だがなあ、ポジティブとネガティブってコインの裏表みたいなもので、善悪のような二元論の概念じゃないでしょう。意外とこの前提を無視している人が多い(はてなユーザーはどうか知らないけど)。

知り合いの、若い男の子が言った。

「ネガティブを否定すること自体がネガティブだということに、ポジティブだけをよしとする人は気づいていない」

本当にそう。私は「いつも笑顔で♪」とか言う人間が大っ嫌いだしそんな奴は信用しない。人間は怒ることも悲しむこともある。愚痴を言いたい時もある。それを否定するかのように「ほら、そんな顔してると幸せが逃げるよ」なんて言う奴に真の人間性があるとは思わない。

以前ゲシュタルトの祈りを読んで、「ポジティヴ教の信者」という表現がとても腑に落ちた。そういう人、いる。いるというより世の中の多数がそうであることを強いられている気すらする。ゲシュタルト療法については、いわゆる臨床心理学全般を受け付けなくなった実験系なのでこれ以上の興味はないのだが。

 

ポジティブとネガティブは陰と陽とも表現されるが、陰陽思想には5つの基本的な前提がある。

陰陽互根
陰があれば陽があり、陽があれば陰があるように、互いが存在することで己が成り立つ考え方。
陰陽制約
提携律とも言い、陰陽が互いにバランスをとるよう作用する。陰虚すれば陽虚し、陽虚すれば陰虚する。陰実すれば陽実し、陽実すれば陰実する。
陰陽消長
拮抗律とも言い、リズム変化である。陰陽の量的な変化である。陰虚すれば陽実し、陽虚すれば陰実する。陰実すれば陽虚し、陽実すれば陰虚する。
陰陽転化
循環律とも言い、陰陽の質的な変化である。陰極まれば陽極まり、陽極まれば陰極まる。
陰陽可分
交錯律とも言い、陰陽それぞれの中に様々な段階の陰陽がある。陰中の陽、陰中の陰、陽中の陰、陽中の陽。

Wikipediaより)

 ポジティブとネガティブって、いくらかはこういうものだと思う。完全にとは言わない。これはひとつの思想に過ぎないのだから。

 

 また着地点が見えなくなってきた。そもそも見えたことなどない。何が言いたいかというと「ポジティブであることを強いられてもそんなの気にしなくてもいいし、よく生きなければならないと思う必要もない。楽に生きることは悪ではないし、自ら苦の道を行くこともまた然りである」ということ。他人に害を為さない範囲で、好きな方向に行けばいいさ。