満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

介護の大部分は非言語コミュニケーションで成り立っている

先月から週2回入っているヘルパーさんに、申し訳ないのだけど苛立ちを覚えてしまう。理由を考えていくと、非言語コミュニケーションが介護に占める割合の高さに気づいた。

 

苛立ってしまう要因の1位は手順を覚えられないことだろう。3回4回は同じことを言うのも仕方がないと思うけれど、10回超えるとさすがにこちらのストレスも上がってくる。それでもまだ、覚えるつもりなんだなと思える場合はいい。たまに覚える気がないのかと思ってしまう時がある。それはちょっとしんどい。公費でサービスしてもらってんだから文句言うなというのが一般論かもしれない。私は極端なので「ストレスまみれで生きさせるなら殺してください」と言いたくなるが、まぁ実際大したことはない。

話が逸れた。覚えが悪いのはわかった。事業所の管理者さんはそこに危機感を持って(当該ヘルパーさんは社員になるという話であった)かなり注意を与えているそうなのだが、本人は「あの人は男だから女の気持ちがわからない」と愚痴っていた。どんなやりとりがあってそういう愚痴になったのかは分からないが、私はそういうことを言ったら女の負けだと思う。

話が逸れすぎている。

 

覚えが悪いことを除いて他のヘルパーさんと何が違うのか考えてみると、彼女は読まないのである。私の、言葉以外のものを。これに気づいた時、いかに他のヘルパーさんが私の視線や動きから先を読んでくれているのかがわかった。 みんながみんなではない。他にも読まない人はいる。が、うちに入ってもらってからの期間が長い人ほど、私の視線や動きで様々なことを察して行動しているようだ。

恐らくこれは介護だけではなく、日常生活でみんな多かれ少なかれやっている。歩道を歩いていて向かい側からくる人がどちらに寄るかを察するようなものだ。が、介護で必要とされるのはもっと高いレベル。

介護の対象者の殆どは高齢者だ。高齢者といってもいろんな人がいる。口やかましく命令する人だっているが、遠慮してうまく言えなかったり、そもそも言語化する能力が落ちている人だって多くいる。そういう人を最初に教えられた手順のみで介護することは大変難しかろう。「言われなきゃわからない」が通じる世界じゃないのだ。私は言いたいことが言える。が、それすらできない人を助けるのが介護だ。言葉ではわかっていたし当たり前のことのようだが、ヘルパーさんが普段そういうことをしてくれているんだということを、できない人に当たって初めて実感した。

 

とはいえうちに入ってもらってからの日も浅いし、他のヘルパーさんはもっと早く慣れたよとか言っても意味はない。余計なプレッシャーを与えるだけだ。私にできることは10回でも100回でも伝えること。私の許容量を超えるまで、相手が頑張っている分、私も。