満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

致死量ドーリス(追記あり)

ネス (id:FFCCEoT_NESS)さんの「夏目漱石「こゝろ」感想」や「太宰治「人間失格」感想(後編)」を読んで、はて。と思った。私はどちらも何度も読んでいて、そこそこ好きな作品である。それなりに共感する表現もあるし、おもしろいと思う。が、心を抉られたかというとそんなことはない。至って平常心で何回でも面白く読める。そんなに衝撃的な作品だと思ったことなかった。いや、こころは最初に読んだ高校の時はびっくりしたけど。何回も読んだから慣れたのかしら。それもあるだろうが、ネスさんが受けられたようなショックは受けていない。それはやっぱり、私が平和に生きてきたってことなのかなあと思ったわけである。

 

では私は今まで本を読んで心を抉られたことがないのかというとそうでもなかった。楠本まき致死量ドーリスを読まなかったら、あるいは私は違った私であろうとしたのかもしれないと、少しは思うのだ。

致死量ドーリス (フィールコミックスGOLD)

致死量ドーリス (フィールコミックスGOLD)

 

 過去の自分がそうだったからあえてはっきり言うけど、この本を読んで蜜に自分を重ねてしまうような女は傍から見ると相当ウザい。と言い切ってしまうとただの切り捨てになるな。だが今ならわかるから、それを外側から見たときどう見えるか。

当時だって幾分かはわかっていた。わかっていてもどうにもならない。自分がどうあればいいのかわからない若い女性がこの本を読んでハマるとしたら、「蜜になりたい」「蜜になれない」「誰かのドーリスになりたい」「ドーリスにはなれない」ほぼこれらに尽きるだろう。ハマるとしたらだよ。楠本作品好きです、で済む人はそんなことないだろう。

私が致死量ドーリスを初めて読んだのは、23歳の大学院生の頃だった。蜜も23歳の大学院生である。で、自傷癖があって…恐らく同じ偶然を持たない人よりも容易く、蜜にのめり込んだ。

その後私は歳をとって蜜から離れていったけど、それでも致死量ドーリスを引きずっていた。27~28歳の頃かな、mixiで当時大学生だったボーダーっぽい女の子と知り合って、迂闊にもこの本を紹介してしまった。当然のようにその子も蜜に同化しようとして、ある日包丁で自分の首を刺した。幸いなことに命に別状はなく、友達に連絡して救急車で運ばれたのだった。

 

人格障害は他の精神疾患に比べて嫌われている気がする。面倒くさいのに一応言葉は通じたりするものだから、ただのかまってちゃんと思われても仕方がない。けどね、人格障害だってつらい。つらいのだ。とても。私個人の経験からいえば鬱病の時よりつらかった(人格障害から鬱病に移行した)。所詮ボーダーじゃんなんて思わないであげてほしい。上でウザい、面倒くさいとぶった切っといてどうなのか。いやでも、ウザいのは事実でしょう?経験者ですらそう思うのだから健常者にそう思うなというのは無理だ。

私がそれでも生きていけたのはスルーし続けてくれた友人達のおかげである。突っ込まず、踏み込まず、避けず、そばにいて普通に呼んでくれた。よくもまあ、あれをスルーできたな!と感嘆するばかりだ。

私はついていた。

ウザいなら距離を取っていい。まずは自分の身の安全を確保して、ちょっと離れたところから見ていてくれたなら。とても難しいことだけど。私は自傷する度メールや電話をするタイプではなかったから、友人達はスルーできたのかもしれない。広く浅く迷惑をかけていた。

与えられる解なんてない。ライフハックなんてクソにもならない。自分の解は一生かけて自分で見つけるしかない。絶望的に思えるけれど、すべてがバカバカしく思えるけれど、それでも蜜にもドーリスにもなれないから、生きるしか…ない。

 

(本当は死んだっていいと思っているけど大きな声じゃ言えないね)

 

 (追記)
読み返したら「読まない方がいい本」としか読めないじゃないか(笑)絵は好みが分かれるところだろうが、構図や言葉選びは秀逸だと思います。今更だけど漫画です。安全な人は読んでみてもいいかも。ただ、意味がわかる人は苦しんでる人もしくはそういう経験がある人だと思うので、安全な人が読んで面白いと思えるかは疑問。
あと、私は正確には「特定不能の人格障害」であってボーダーではなかったので、私の言がボーダーに当てはまるかどうかも自信はない。

 

さらに続きの記事を書きました。