満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

致死量ドーリス・続き

昨日の記事は結局時間がなくなって最後適当に書いて上げてしまった。時間があっても丁寧に言葉を紡ぐことができない。これはこのブログを始めてからひしひしと感じる。こんなに文章書くの下手だったかしら。前からかしら。そうかしら?

 

ということで、致死量ドーリスについてもうちょっと書いとくべきじゃないかという気持ちはあるのだけど、何を書けばいいのかわからない。昨日の文では内容にほとんど触れていないので、本を読んだことがない人にはチンプンカンプンだ。そこをもうちょっと触れたらよいのだろうけれど…ううむ。それはどうも苦手みたいだ。

 

主な登場人物は蜜、23歳大学院生、絵のモデル。岸、25歳本屋でバイトしてるバンドマン。岸が本屋に来た蜜に一目惚れし、蜜の部屋に転がりこんで、2人は自分たちの世界に閉じこもっていく。

岸は「見かけはお人形みたいに可愛いんだけど何考えてるかわからない、ちょっとイッちゃってる感じのコ」が好みだと、知り合いの女が言った。岸は途中で蜜は本当にヤバい、これ以上深入りすると2人は後戻りできないところまでいってしまうと思ったりするのだが、止まれない。そして……

これ以上書けないなあ(笑)。 

 

致死量ドーリスの世界はリアルではない。ある意味ファンタジーだ。なのに、心に突き刺さる。蜜が抱える不安とも恐怖ともつかないもの、自己破壊へ突き進む気持ち、誰かの何かになることで自分の形を保とうとする必死さ、それらは経験者には嫌というほどわかってしまう。そしてこの話において蜜は幸せにはならない。だから、蜜を自分のように読んでしまうと読者も救われない。自分の首に包丁を突き立てる羽目になることだってある。

だが決して、私はこの本を非難してるわけではない。貶すつもりは毛頭ない。だっていちばん好きな本だもの。今でさえ、そうなのだ。

 

今の私は毎日平和で、自傷衝動に襲われることも誰かに依存することもなく、穏やかに生きている。それでも、痩せ細り自分を切り刻み、不安や苦しみをひたすら文字にしていた日々のことを忘れ去ったわけではない。あの頃の私は今だって消えてはいない。そしてその自分を、私くらいは否定しないでいてやりたい。死んでもいいけど生きていたっていいよと言ってやりたい。

そういう気持ちで、今も致死量ドーリスを大切にしている。