満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

ヤヌスの鏡

最近、サンテレビでヤヌスの鏡を再放送している。局が違うと再放送とはいわないのかな?元々フジテレビ制作の、80年代のドラマだ。私の年齢でギリギリ知っているという程度。タイトルと、二重人格の話だということは知っていたが、誰が出てたとかどういうストーリーだとか全然覚えてなかったので、ちょっと見てみよう。と思い、見ている。月~木の15時から。

ドラマはセリフが棒読みで(特に高校生役の人たちが酷い)笑っちゃうのだが、Wikipedia様で調べたら漫画が原作ということで、気になってAmazonで文庫版買っちゃった。全3巻。

 

ヤヌスの鏡 1 (集英社文庫―コミック版)

ヤヌスの鏡 1 (集英社文庫―コミック版)

 

 

漫画の方が辻褄も合っているし面白い。まだ2巻までしか読んでいないけれど。ドラマはユミが全然しっくりこない。何故この人を主人公にしたのか。ヒロミの役は合っているとしたって、ユミがあれじゃあなあ。そもそも脚本が…それは時代による感覚の違いなのか。

原作が描かれた頃は、解離性同一性障害という言葉はなかったし、多重人格も一般にはあまり知られていなかったんじゃないかな。24人のビリー・ミリガンがアメリカで出版されたのは80年代らしいが、日本で流行ったのは90年代と記憶している。ただ単に、私がそれを読んだのが90年代後半だったというだけかもしれない。5番目のサリーとか。

そういう時代に描かれた原作を読んでも、んまあまだ途中なのだけど、ドラマほど大きな無理はないし面白い。祖母によって異常に厳しく育てられた優等生にもう一つの人格が目覚め、抑圧された願望を遂げていく。原作では主人格ヒロミは何も知らないが、ユミは最初からヒロミの記憶をちゃんと持っている。ドラマは第10話時点でユミがヒロミの記憶を持っているかどうかは定かではない(ヒロミはユミの存在を人から聞いて知っているがそれが自分なのかどうか分からず不安を感じている)。だから入れ替わりの時どっちが服を着替えてるのかとか気になって仕方がない。今日の放送分では、ベッドで寝てたヒロミがむくりと起きたら化粧したユミになってた。無理がある。

 

 

話は変わるが、あるヘルパーさんが事業所の愚痴をこぼしていたので「ああー○○さんはこういうところあるから云々」と言ったら「そうなんです!すごい、心理学を勉強されたから人の心が読めるんですね」と言われて大変気持ちが悪かった。

まず私が大学で専攻したのは実験心理学である。刺激と反応を数値化して統計をとることで仮説を検証する。それも説明したんだよ、理解してもらえなかったみたいだけど。昔から大学の外で「専攻は実験心理学です」って言ったら「人の心が読めるの?」と言われたことはあったが久々だった。実験心理学が何であるかなんて大学行ってない人は知らないし、大学出てたって知らない人はいるようだ。

一般の人が心理学と聞いて思い浮かべるのは臨床心理学で、巷に氾濫する心理テストみたいなのを想像するらしい。臨床を想像するのは仕方がないとしても、いわゆる心理テスト(実質はただのゲーム)に科学的根拠があるみたいな勘違いは本当にやめてほしい。妥当性のある心理テスト(YG性格検査やクレペリン検査など)と心理ゲームは別物だ。これは心理テストという名で心理ゲームを垂れ流すメディアに責任がある。あと自称心理学者ね。

これをさておいても、「(臨床)心理学を勉強したから人の心がわかります」とか言っちゃう人は正直苦手だ。これは自分が実験系だったから偏った考え方になっている・そういう研究者としか交流がなかったせいだと思うが、「心理学者の人の心知らず」というのが我々がよく言う冗談であった。冗談として口にするがそれが真実だと思っていた。感覚知覚レベルの研究を積み重ねていると、高次の精神活動について何らかの仮説を立ててもそれを実証するのがいかに難しいかが薄ぼんやりとわかってくる。だからといってそれが不可能だというつもりは毛頭ないのだが、他学部の臨床心理学の集中講義を受けた時に「うわー宗教みたい」と思ってしまったのは事実だ。

フロイトユングも、一般教養で習ったけど全然意味がわからないし興味もない。ので、ほとんど忘れた。いや専門でやったことも忘れてるけどさ。何故、の部分が一般教養レベルじゃ理解できなかった。結論だけ習っても過程を知らないと身にはつかない。

どんな分野でもそうだと思うが、研究すればするほどわからないことの大きさが見えてくる。自分が検証した仮説はほんの少し糸をほぐした程度のものだと実感する。優秀な研究者ほどそうやって積み重ねを繰り返している。ひとつわかると2つも3つも疑問が生まれる。そういうものだと思う。

だから私が○○さんはこうだから云々と言ってそれが的を射ていたとしても、それは心理学とは関係ない。ただの観察と推論の帰結だ。昔、「1万冊本を読んだから人の心が読める」と豪語する人と話をしたことがあったが、他人を小馬鹿にして的外れな決め付けをしてくる不愉快な人だった。いくら本を読んだって引きこもりで社会経験が乏しければ知識を実用には持っていけない。逆にいえば本を読まなくても経験と学習を重ねれば推論は可能である。

 

また何が言いたいのかわからないけれど時間切れです。さよなら。

 

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