満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

「つらいのはあなただけじゃない」(゚Д゚)ハァ?

「つらいのはあなただけじゃない」
この言葉にはどんな意味があるんだろう。
人を叱りたい時に言うのならまだしも(いやそれも私には気持ち悪く思えるけど)、
励まそうとして言う人がいる…ドラマなんかで。
実際に言われた記憶はないが、こんなこと言われたら凄まじく不愉快だ。
それは私がいちばんつらいのだという意味での反発ではなく、
つらさという極めて個人的・主観的なものを比較することの無意味さに気づかず、
そんな言葉を他人に向かって吐ける無神経さに反吐が出るというたぐいのもの。
「もっと大変な人もいる」も同様で、そりゃあそれは事実なのだろうが、
今苦しんでいるこの人にそれを言って何になると思うのか全く理解できない。

自分で自分に言う分には励ましになるのだろうか。
なぜこんな話を急に始めたかって、アクセス解析の検索ワード見てるとね。
自殺と障碍と介護に関する割合がめちゃくちゃ高いのだ。
それは当然の結果だ。このブログそういうこと書くためのものだし。
で、恐らく精神的にすごく追い詰められているんだろうな、って思うフレーズが多々ある。
そのワードで検索してこのブログを読んだ人はどんな気持ちになるのだろう。
精神障害のことはあまり掘り下げて書いていないけど、
「私だけじゃないんだ」って思うのか、それで楽になるのか、
全然そんなこと思わなかったり余計に苦しくなったりするのか。
私にはわからないし、ケース・バイ・ケースなのだろう。
「何も考えられない」人はものすごく多いみたいだけど、
そのつらさは人それぞれだ。
だから「私のつらさはあなたにはわからない」と思うことは間違いじゃない。
間違いじゃないと私は思う。

 

私がリハビリ通院している病院は地域の小さな病院で、
入院患者も他のリハビリ通院の患者もほぼ高齢者だ。
高齢者には、自分の苦痛を正確に言語化できない人が大勢いる。
あるおばあちゃんは入院中で車椅子を使っている。
恐らく病院の車椅子だと思うのだが、クッションは敷いていない。
理学療法士が「部屋に帰ったらすぐ横になるやろ。この部屋(リハビリ室)で座っとき」と言う。
おばあちゃんは「しんどい」と言う。
「横になってばっかりはあかんよ、座っとかな」と言われる。
確かに横になってばかりだと筋力は衰える一方なので離床時間は必要なのだが、
私でもクッション無しで車椅子に座ると1時間も保たない。
小さな病院では看護師はおろか理学療法士でさえ、クッションを入れたら変わるかもしれないという発想がない。
私は素人だが車椅子を使う当事者ではある。
なので、一応「クッション無しで車椅子はつらいですよ」と言ってみた。
理学療法士は「この病院にクッション1枚しかない」と言って流した。

 

私が大きな病院に入院していた時でも、精神科の看護師はクッションのことなど思いつきもしなかった。
初めて車椅子に座った私は、1時間も座っていたら痛みと疲労で汗が吹き出すのを、
自分が指1本動かせないからだと思っていた。
ヘッドレストが付いた車椅子の存在も知らなかった。
知らないものは要求できないし、その苦痛を耐えるほかないのだと思っていた。
リハビリ科に移って初めて、車椅子が私には合っていなかったことや、
クッションで座っていられる時間はずいぶん変わることを知った。

 

多分、小さい病院ではエアとジェル、ウレタンの違いどころか、
クッションと座布団の違いも誰も経験していない。
私が病院に入っている業者を通じてクッションの購入をした経緯を見ていても、
私を「他の高齢者とは違う若い障碍者」として見ているせいか、
このケースを般化できるとは思っていないようだ。
他の患者のことに私が口を出すのはおかしいし、専門家に何を言えようか。

私が経験したつらさは私のものでしかないのだから。