満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

声を上げる余裕すらなくなる

自分で「満たされたものは声を上げなくなる」と言ったけど、それだけじゃなかった。
苦痛が大きくても声を上げられなくなる。
声を上げる気力がなくなる。

 

1月に「今月中に何とかします」と言って、
3月に「どうにもならないので他事業所探します、4月2週目からは安心してもらえるようにします」と言って、
4月に「結局人が増えたからうちの事業所で続けます」って言って、
でも新しい人が入れるのは5月からで、
4月3週目に「それだけは無理」と散々言ってきたことをされて、
もう介護されてても返事も禄にできなくなって、
でも新しくくるヘルパーさんにはこんなとこは入れないって思われたくないから、
二度と会いたくない人が同行で来ても必死で笑った。
するとその人は新しいヘルパーさんに言う。
「○○さん厳しいから~」
「(ヒソヒソ声で、多分聞こえてないと思っている)3回同じミスしたらもうアカンから~笑」
確かに私は神経質だし、細かな指示が多いのだろう。
けど3回同じミスしたらダメではない。
普通の人のうっかりミスに怒ることはほぼないし、
新しく来た人が慣れるまでの間、時間が押しても仕方がないし手順の説明もする。

 

けど。
10回言っても理解してもらえなかったら疲れる。
誰にもわかってもらえなかったら自分の説明が悪いと思えるけれど、
他の人には伝わっている。
直ったと思ったミスがしばらくして復活するのは堪える。
しかも何種類も、7ヶ月経っても。
連絡帳に書いて「見てくださいね」と念を押して、
開いて読んでいる様子なのに書いてることをわかってなかったら途方に暮れる。
移乗に失敗して私が自力で体勢を直せない状態なのに「いけますか~」って何の危機感もない様子で言われたら泣きたくなる。
その人の尻拭いを他のヘルパーさんにさせたくないから、
もう本当は口も利きたくないけれどかすれ声を振り絞って言う。
こんなところに書ききれないほどのことが積み重なってこうなっている。

目は合わせられない。
もう何て言えばいいかわからない。

 

病院はもっともっと辛かった。
本当に、なぜ死なせてくれなかったのかと思っていた。
それでもマシな方だったのだろう。
そして今の私より不自由や苦痛を感じている人はゴマンといる。
そんなことはわかっている。
この苦痛は些細なものだ。
だが一旦快適な生活を経験すると些細な苦痛は自分にとって些細でなくなる。

他人の手を借りなければ生きられないということはそんなもんだって言われるのなら。
死ぬ自由くらい、与えてもらえないでしょうか。