満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

何故人を殺してはいけないのかと訊かれても困惑などしない。

先日、伊坂幸太郎のマリアビートルを読んだ。

中学生が出会った大人に「どうして人を殺してはいけないんですか」と訊いてまわる。
伊坂幸太郎はこれとグラスホッパーしか読んでないのだけれど、想像してた作風とは全然違った。
勝手に東野圭吾みたいなのだと思っていた…名前の雰囲気だけで。
率直な感想は「なんかラノベぽいなあ」だった。
いっておくが私はラノベをバカにする人間ではない。
ラノベの元祖といわれる新井素子が大好きだし。
中学の頃から今まで繰り返し読んでるくらい。
その上でのラノベぽいという感想は言葉通りの意味でしかない。

そんなことはどうでもよい。
最近女子高生が同級生を「殺してみたかった」という動機で殺害した事件もあって、「何故人を殺してはいけないのか」に対する解答は何なのかとか、話題になっているようだ。
ちょうどマリアビートルが記憶に新しかったので、読んでいるときに考えたことを書いておこう。

私の答えは一択である。
「人間の多数は殺されたくないのでそういうことにしておかないと困るから」
それだけのことだと思うのだけど、悩む余地があるの?
自分が殺される側に回ることを想像してないからこんな問いが出るんだみたいな意見も見かけたが、それはどうだろう。
私自身に関して言えば、人を殺す夢想より殺される夢想の方が圧倒的に多数回経験している。
殺される夢想の方がずっと甘美だ。
もちろん現実ではないからだとつっこまれても反論する気はない。
私を殺してなんて歌の歌詞にも珍しくないし、そういうことを夢見る人間なら「私は殺されてもいいよ?」とか言えるだろう。
そもそも私は命は大切だからとかそういう考えではない。
人間も動物も、他の命を犠牲にして生きてるのだから。
植物だって生物って定義されてるのだから命があるんでしょう。
人間は他の命を全く犠牲にせず生存できない。
なら人間だけ殺してはいけない理由は命の尊さではないはずだ。
大抵の宗教や法律は社会を円滑に機能させるためのものなのだから、人を殺してはいけない理由は何ら特別なものではないと思う。
たくさんの人間が困らないように設けたルール。
だから死刑や戦争という例外がある。
ポイントは「人間はみんな」などといわないこと。
あくまで多数が困らないためのルールであり、それを守らなければ社会から排除される。
排除されると生きるのが大変。


これだけのことを納得できないのは質問者がバカなだけではないのか。
それでもバレなければいいとか考えるのはやはりバカだからである。
社会から排除されてもいいというのもバカである。
バカにつける薬はないというが、そこまでバカなら誰が何を言ってもわからないだろう。
バカに殺されるのを止むなしとするわけにはいかないのだけど、どんな解答にも納得しないなら説得など無意味だし…
絶対に犯罪被害者にならない方法などないのだから、そんな問いの答えをむきになって考える必要もないのでは。


あー無責任って言われそう。
この記事はスマートフォンで書きました。
明日PCで読んであかんなと思ったら削除します。


【追記 2014/07/31 10:30】
大事なことを書き忘れていた。
人を殺してはいけない理由がわからないから殺した、なんてケースは日本じゃ殆どないと思う。
だからこの問の答えに悩むこと自体がナンセンスなのでは。
殺人を犯す人間だって大半はそれがダメなことくらいわかっている。
他人の物を盗んではいけない理由なんて説明されなくたってわかってるでしょう、大多数の日本人は。
人を殺してはいけない理由も同様で、別に特別なことではないと思う。