満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

苦しめば人は成長するという単純な逃避

 

「苦しまなければ成長できない」は「苦しんだから成長した」と非常に近い。
そして「苦しんだ=成長した」とは限らないのだが、
何故か人々は困難を「乗り越える」と「通過する」との区別をあまりしないようだ。

 

上の引用はドラマ内のセリフであるが、私はこれを見た時にとっても納得したのだ。
私自身、無駄に苦しんだ経験があるから。
冷静に思い返せば、私の成長を促したのはすべて成功体験だ。
苦しんだ経験は「しんどかったなー」という感想だけを残して、
それにより自分が成長したという実感には繋がっていない。
過ぎ去った今でこそ「まあそういう経験もあってもよかったかな」と思えるけれど、
リアルタイムなら絶対にノーサンキューだ。
今現在も一般から見たら苦しみの最中にあるようにみえるかもしれないが、
私が経験した精神的苦痛と現在の物理的不自由を比べるなら前者は後者を圧倒的に凌駕する。
ゆえに現状で私は苦しんでいない。
そして身体障碍者となったことで成長などしていない。
ただ精神的苦痛から解放されたことで安定はしている。
他者から見れば安定が成長の結果に見えるかもしれない。

 

苦行を積むことで悟りを開けると思いたいなら、
自分にそれを適用しても構わない(多分)。
でも悟りは決して担保されているものではない。
だから強迫観念でしかないなら、早いとこ自覚した方がいいんじゃないかしら。
苦痛に浸って酔っていても、それだけで成長するとは限らない。
そこから逃げ出してその苦痛を手にとって眺められるようになった時、
もしかしたら、少しは成長していたりするかもしれない。