満たされた弱者

重度身体障害者、生活保護受給中。

サイカイ - 1

半年ほど前のある雨の日。

午前中は通院の日だったが、雨だったからお休みにして、部屋干ししてもらった洗濯物に布団乾燥機の温風をあてていた。
ゴーゴーと結構うるさい風の音。
しかし11月に部屋干ししてもエアコンつけているわけでもなし、乾きにくいからこうでもしないと。

 

電話が鳴った。
画面に表示されているのは知らない(少なくとも連絡帳に登録されていない)番号だったが、訪問介護の事業所の人が携帯からかけてくることはよくあるので電話に出た。

「はい」

「もしもし」男性の声だった。

「Fですけど」

Fさん…知っている名前だ。
けど、もう何年も会っていない。
私が自殺を図ってから会っていない。
その後ツイッターで何度か会話したけど、彼のフォローを外したのはいつのことだったろう?2年くらい前?その後彼がどうしているかは知らなかった。

「…え、Fさん?Fさんですか?」
既に名乗っている人に名前を訊き返してしまった。布団乾燥機の音がうるさかったせいもある。

「はい、Fです。○○のFです」

○○は私が最後にバイトしていた店。Fさんは店長だった。

「ああどうも、お久し振りです」

「ご無沙汰しています。すいません急にお電話してしまって」

「いえいえ」

Fさんは私に訊きたいことがあるので伺ってもいいですかと言った。
今更何を訊くのかしらん、何年も前の経理のことを訊かれてもわからんけど…と思いながらどうしたのか尋ねると「ちょっと面倒なことがあって」
私が今のFさんの面倒事にどう関係するのだろうか。
わからないけど「いいですよ」と返事をして、Fさんはその日うちにくることになった。

 

そして午後、Fさんはやってきた。

彼が訊きたかったのは私の自殺の原因だった。

昨年11月時点で、彼は副店長(私の自殺のトリガー発言をした人)と揉めていて、というよりずっと前からこの2人は揉め続けていたのだが、とうとう副店長のほうが店長に店を辞めろと迫ってきたのだった。
この2人の関係性は難しくてここには書けないのだが、今思えば私が働き始めるより前から拗れていたのかもしれない。
私の入院中に副店長が見舞いに来たときもずっとFさんの悪口を言っていたことを思い出した。
また、私が働いていた時に私がスタッフ皆の前でFさんを糾弾したことがあったが(これは一種のパフォーマンスで、私はむしろ他のスタッフに腹を立てていたのだがこれもここで説明できることではない)、その日の深夜にFさんから電話がかかってきて、電話に出て彼の声を聞いた瞬間「あ、これはやばい」と思うほどFさんは副店長に追い詰められていたことも思い出した。

Fさんは私の自殺に副店長が関係あることをなんとなく知ってはいるが、何があったのかは知らないので教えてほしいと言った。
私がいなくなったあと、Fさんは彼が担当していた仕事に加えて経理もやらねばならず、そこでキャパオーバーになりミスをしてしまったのだそうだ。
副店長はそれを持ち出して「法的にFを辞めさせる根拠がある」と言い出した。
経緯を説明するFさんの目はうつろだった。

私はライトに「いいですよ」と言い、ライトに自殺を図る数日前の副店長との会話から話し始めた。ライトに「で、これ死ねるんじゃね?って思ってこう、薬を小皿に、先にシートから全部出しとかないと、のみながら出していったら途中で指がうまく動かなくなるから…」とテーブルの上で薬を取り出す動きを再現していてふとFさんを見やると、手で顔を覆っていた。

泣いていた。

ビックリした。

初めて見たし、私の友人知人ではFさん程「漢たるもの強くあれ」みたいない人はいなかったから。昔の深夜の電話も異例で、その時彼は自分の辛さを話してくれたのだが、みんなの前では強気だし批判や文句はガンガン言うが、自分が辛いとか悲しいとかは出さない人だったのだ。

「…申し訳ない」

手で顔を覆ったまま、Fさんはくぐもった声で言った。

「いや、Fさんが謝る必要は…Fさんが泣くことでは…」

その後どこまで話したのかはよく覚えていない。

 

Fさんは私のことを副店長にぶつけようと思って、と、私が話し始める前に言っていた。他のスタッフにも「副店長はこういう人間だがそれについていっていいの?」と言ってやろう、と。その時のFさんは怒っていたしヤケクソだったのだと思う。
確かに自分はミスをしたけど、今までしんどくても売上を支えるため必死でやってきたのに、それを認めず悪い点ばかり非難され続けて、もうずっとその繰り返しで、ミスの件はちゃんとカバーするし悪い点は今後改善するって言っても全く聞き入れてもらえない。

Fさんの話は数年前の深夜の電話で聞いたのと大筋では同じだった。
私はあの時、話を聞いたことで満足して何もしなかった。
この人はあの後もずっと苦しんでいたのか。

あの日Fさんが流した涙は、私のことだけじゃなく、彼自身の辛さが溢れてしまったのだと思う。

 

副店長だけが悪いのかというとそれはわからない。
多分、副店長にも言い分はあるだろうし、Fさんが間違っていることもあると思う。
とはいえ私はFさんの話は理解できるが、副店長が何を言っているのかはあまり理解できなかった、昔から。
まあ私の入院中の見舞いの時、ひたすらFさんの悪口を言いながら私に「俺は間違ったことを言ったとは思っていない」と言った副店長のことを、私が公平な目で見ることができないのは当然だと思ってほしい。

とにかく、Fさんに何の落ち度もないかというときっとそうではない。
それは彼自身も認めていることだ。
ただ副店長は間違っている、と言っていた。
三者が見てもそうなのかどうかは私には正直わからない。

でもそれについて話せるようになるのはもう少し先のことだろう。
Fさんはとても傷ついていたし、たぶん半年経った今でも、外見上はずいぶん元気になってきたがまだ傷は残っていると思う。

 

あの日、私は「辞めればいいんじゃないですか」と言った。

「でも僕がいなくなったらあの店潰れるんちゃうかなあ」
「潰れりゃいいんですよ。あの人がそうしたいと言うなら。あれに何言っても無駄じゃないですか。感情でモノ言ってくるから我々(私とFさんは論理的であろうとするところだけが似ている)が勝てることはない。そもそも同じ土俵に上がらないですから。そりゃFさんにしてみたら今まで必死に育ててきた店だし、私とは思い入れが違うでしょうけど、そこまで言われて残る必要あります?」

Fさんは自分の仕事の能力には自信を持っていて、今の店を辞めても他で十分やっていけると断言した。
だったらそうすればいい、と私は言い放った。

 

他でも同じような仕事ができるならそうしてほしかった。

これ以上傷ついてほしくなかった。

これ以上、自分が何もしなかった結果を直視できなかった。

 

結局Fさんは店を辞めたのだが、ここから始まった私自身の話は続く。

たぶん(笑)。